先週、久々に派手に寝違えた。
右の背中半分がギクギクするような状態から、脇、肩甲骨の内側と来て、首まわり。
くしゃみも命がけだった数日前に比べれば,かなりマシになったのだけど、痛みを感じる度に小さな動作にも影響すること、身体は隅々までつながっていること実感する。
身体がいつでも健やかさに向かってバランスを取ろうと働いていることを、頭はどうしても忘れようとするようだ。いつの間にか積もってる埃のような思い込みで曇らないように、身体感覚をいつもアップデートしてしたい。
新型コロナウイルスのパンデミックで、これまでの世界の仕組みは崩れつつある。
目に見えないウイルスの脅威に、誰もが不安を抱くのは当たり前だけれど、買い溜めのようにパニックしたり、無感覚に感染を広げるような行動をとったり、バランスを欠いた反応をしてしまうのは、思考が暴走しているのだと思う。つくづく私達は目に見えないもの、答えのないことへの耐性が低くなっている。
インターネットやメディアからひたすら流れてくる「見えやすい」情報に目を晒していると、頭だけが前に出る姿勢になる。胴体が置いてきぼりになったような状態では、まともに直感、想像力、バランス感覚は働かない。
自分にとって本当に必要な信頼できる情報を得るには、身体とつながっていなければと思う。まずはやわらかな呼吸をすることから。吸う息が丸く身体に広がっていくように。吐く息が身体の力みを取ってくれるように。
会いたい人と普通に会えること、出かけること、先の予定を入れて実現すること…普通だと思っていた日常がデフォルトではなくなって、不安もストレスも感じるけれど、頭でっかちになってしまった世界が身体=地球とのつながりを取り戻すチャンスかもしれない。
これだけの事態を経験しているのに、収まったら慣れ親しんだ過去に戻ろうというのでは、もがいている意味も進歩もないんじゃないだろうか。
王族でも庶民でも感染する…皮肉にもウイルスが見せてくれた世界のつながり。逆手に取れば、そのつながりの中にいる自分は立場やソーシャルディスタンスに関係なくきっと世界に影響している。一人一人がそう思えれば、この先の世界を支えることにつながる。
自由が不自由なら,不自由は自由だ。クリエイティブに、波紋の広がる先に思いを馳せることができる自分を目指そう。