失ったものは取り戻してみないとわからない
ワークショップでの先生の言葉。

クライアントの「こんなに楽にいられるの?」を聞く度に、そして、自分でもセッションを受ける度にこの言葉が響く。
程々に自分の状態に満足している時にはマイナートラブルを数え上げないものだし、それが健全さでもある。だけど、どれほど身体が楽になれるかに気付かずに私達は日々を過ごしている。
そんなこと言われても特に不自由してないし、分からないんだから失くしてないのも同じでしょ?と思うかもしれない。それは

本来の楽な状態を知らないから

今年、数十年ぶりにピアノのレッスンを受けている。
伴奏の指導をしてくださった先生に言われた。
「そんなに力んでしまっては響かないでしょう。とにかく脱力して」
日頃からクライアントには力を抜いて動けることが如何に大切かを説いているのに、自分では肝心のことがまるで出来ていないことにショックを受けた…あまりの下手さが幸いしてか(笑)、良ければ個人レッスンしますよと有難いオファーを頂いてから始めてもう半年以上。

力みは脱けてみないとわからない

5歳で始めて以来、楽譜を読むより耳で聴き取る方が得意で、おまけに父の転勤でピアノの先生も転々。基礎練習はひたすら指を動かす退屈な運動としか思えず、指の回らないところは飛ばして遊び弾きばかりしていた。

そんな私が、毎日嬉々として基礎練習に励んでいる(笑)。
意識してもなかなか力が脱けず、覚束なかった私に、あらゆる表現を使って辛抱強く教えてくださる先生のお陰で、指先に身体から重さを伝える感覚が分かってきた。鍵盤と指の闘いではなく、音を奏でるための働きかけと分かると、出来ないことも楽しい。
「この方が楽じゃないですか?」と提案のような問いかけをされる度にハッとする。先生に言われるまでは気づかないけれど、やってみると絶対楽なのだ。そして先生が弾いてくださる度に、手元が舞っているようで見とれてしまうのだ。
動きも音も力みがないと美しく響く。
こんなに楽しくできることをわざわざ苦行にしていたなんて!
思い込みがリセットされると全てが新鮮に、そして楽しくなる。

楽な状態を知ると、力みに気づけるようになる。
気づけるようになれば、楽な状態に戻ろうとできる。

セルフケアは戻るべき楽な状態を知ってこそできるもの。
身体に良いものを求めてあれこれ試す前に、一番シンプルに楽な状態を知って欲しい。だから、一言添えたい。

失ったものは取り戻してみないとわからない
でも、一つ取り戻してみれば楽しくなって、もっと取り戻したくなる