運動以前のボディーケア:時間とスペース

緊急事態が解除されて、人の流れが戻りつつありますね。

あなたは取ってますか?

ソーシャル・ディスタンス。社会的距離という訳語が通じにくいので、フィジカル・ディスタンシング=肉体的距離と言う言葉に置き換えられる動きもあるようですね。

だけど、言葉が広まっているほどには、距離を取ろう、あるいは取っていると、日本では感じられない気がするのは私だけでしょうか?
ビジネス街や大きな駅はかなり人出が減っていたようですが、近所に出ると普通に多くの人とすれ違う。
食料品の買い物や、運動のためのジョギングや散歩も生活必需でしたが…絶対空いてはいない。

海外のようなロックダウンではないから?東京は土地も道幅も広くないから?

アメリカの友人の話を聞くと、道の同じ側で人の姿を見かけると反対側に渡るとかで、6フィート=約2メートルのソーシャル・ディスタンスはかなり厳密に守っている。

細い歩道をすれ違う人おおよそ2メートルも離れていない。すれ違うと言う時点でほとんど距離がないことがわかる。なんとなく横の距離感が取りづらいって身体感覚なのかもしれない。日本人の規律ただしさ、きれいに列を作って行儀よく並ぶ。これは館の身体感覚だ。横に並ぶって言うことには実は若干の抵抗があるのだと思う。

外ではソーシャルディスタンスと言われつつ
「おうち」では家族がずっと一緒にいる状態が続いて
テレワーク部屋ができてしまった
なんていう人も多いのではないでしょうか?

おまけにオンラインでの会議や授業となると
まわりの声が入らないようにヘッドセット
家の中が映り込まないようにバーチャル背景

お互いに気を使いながら
少しずつ肩身を狭くして
だれも邪魔してないけれど
だれもリラックスできていない

仕方のないことと思いがちですが
本当にそうでしょうか?

PCの横には資料を置いて
スマホもチェックしつつ
仕事がはかどる環境にするべく
職場の再現を目指すけど
机も椅子も違う…
とモヤモヤする代わりに
放浪してみませんか?
日本人は世界で一番座っている時間が長いそうですが
畳の生活の頃はそれで良かったのです。
正座にしても、胡座にしても
本当はすぐに動き出せる準備を含んだ姿勢だから。
座る=どっかりお尻を潰して動かない
というのは、椅子に座りだしてから
出来上がった間違ったイメージだと思っています。

どうも私達は定位置を欲しがるのですね。
ホームポジションがあるのは安心だし大切なこと
でもね、拠点は動くための足がかり。
便宜上、決めた席と
自分のスペースを持つことは違います。

恭子 さんに確保して欲しいのは
のびのび呼吸するためのパーソナルスペース。

パーソナルスペース、
「個人の心理的な安全が確保できる空間」
心理学的には相手との親密度によって
近づける距離が変わる空間を指すのですが

ここで、言いたいのは
自分がスペースを持つことは
他の人のスペースを減らすことではない
ということ。
自分が感じている空間
=物理的なスペースではないからです。

外を歩いていて思うのは
縦の2メートルは意識しやすいけど
横の広がりは苦手らしいということ。

ロルフィングのトレーニングで
「ユキコはもっとスペースを取らなきゃ」
と先生にもクラスメートにも言われてました。
キッチンに立っている私にクラスメートが
「ほら、ユキコのスペース確保して」と
横からギューッと押して来るのを
一所懸命に押し返してたなあ(笑)…
あれは大切なレッスンでした。

そして、自分のスペースというのは
物理的な空間に関係なく持てるし
スペースを持てる事を思い出すためには
時に風景を変えることが有効です。

そこで、遊牧民のように
放浪しながら作業するのは如何でしょうか?

こんな風に床に座るのも→
出窓や家具をスタンディングデスクにして
立って作業するのも
職場や学校じゃないから
できることですよね?

身体のためにも姿勢を変えることは
とても大事なこと。

家という箱の大きさは変わらなくても
自分のスペースを広く感じて過ごせたら
疲れ方も変わりますよ。
まずは 恭子 さんから
やってみてくださいね。

 

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